漆とは?
手仕上げの漆文字盤を支える、日本の漆の技
良い漆文字盤をじっくり眺めると、ほかの文字盤とはどこか違うことに気づきます。光をただ反射するのではなく、静かな水面が空を映すように、何層もの塗りの中に光をたたえているように見えるのです。その奥行きは絵の具でも、工場で吹き付けた塗装でもありません。日本の職人が1万年以上にわたって磨き続けてきた天然の塗料、漆によるものです。
日本の漆時計や、職人が手仕上げした漆の腕時計を探していて「漆」という言葉に出会った方へ。このガイドでは、漆とは何か、日本がなぜ漆を軸にした工芸の伝統を築いてきたのか、そして日本の漆と中国・ベトナムの漆の違いをご紹介します。

ウルシの木から採れる天然の塗料
漆(うるし)は、ウルシの木(学名:Toxicodendron vernicifluum)の樹液です。職人は樹齢10〜15年ほどの木の幹に浅い傷をつけ、木が傷をふさごうとしてにじみ出す乳白色の樹液を集めます。これを「漆掻き」といいます。根気のいる作業で、1本の木から一生のうちに採れる漆は約200グラムほどといわれています。
精製された漆は、天然の塗料の中でも特に硬く、安定した塗膜になります。ニスや塗料と違い、漆は水分の蒸発ではなく、ラッカーゼという酵素が湿気の中で起こす化学反応によって固まります。そのため職人は、漆を塗ったものを「室(むろ)」と呼ばれる湿度を保った空間で乾かします。仕上がった塗膜は水や酸、熱に強く、抗菌性があり、さらに年月とともにつやが増していくという、ほかの塗料にはない性質を持っています。
こうした性質から、漆は千年以上にわたり、食器や家具、寺社建築、武具、仏像など、日本のさまざまなものに用いられてきました。そして今、同じ漆が、漆文字盤の腕時計に唯一無二の奥行きを与えています。

漆の歴史
日本と漆の関わりは、文字の歴史よりも古くにさかのぼります。北海道の垣ノ島遺跡からは約9,000年前の漆製品が、福井県の鳥浜貝塚からは1万2,000年以上前のウルシの木の遺物が見つかっており、世界でも最古級の漆の使用例とされています。縄文時代の人々は、漆を装飾のためだけでなく、土器の防水やかごの補強、道具の接着など、実用的な接着剤・保護材として活用していました。
漆の役割は、日本の社会とともに変わっていきました。平安時代(794〜1185年)には、貴族や寺院の工房によって漆は本格的な芸術へと高められ、金や銀の粉で文様を描く蒔絵が生まれ、宮廷の調度品や仏具、儀式用の箱を彩りました。漆の採取には手間がかかり貴重だったため、税として納められたこともあり、漆器そのものが地位の象徴にもなりました。
江戸時代以降、輪島、会津、越前、津軽など各地で漆の産地が栄え、それぞれが独自の技法や色、名声を築いてきました。こうした産地の誇りは今も日本の漆産業を支えています。輪島塗と津軽塗はいずれも国の重要無形文化財に指定されており、漆芸の分野で人間国宝に認定された職人も少なくありません。英語で「japan」という言葉が漆器を意味するようになったのも、「china」が磁器を意味するのと同じ理由です。
長い歴史を持つからこそ、漆は世代を超えて使い続けるものに選ばれてきました。
職人が手仕上げした漆の腕時計には、機械で吹き付けた文字盤にはない重みがあります。
漆の種類:日本・中国・ベトナムの漆の違い

日本の漆
国内で採取される漆は、現在は主に岩手県などで生産されています。日本産の漆は、塗って乾かし、磨いたときのつやや光沢、硬さに優れているとされます。ただし生産量はごくわずかで、国内で使われる漆のうち国産はほんの一部です。そのため、日光東照宮などの国宝・重要文化財の修復や、上質な蒔絵・螺鈿作品、高級な漆文字盤の仕上げ塗りなど、品質を妥協できない仕事に用いられています。

ベトナムの漆(ソンマイ)
ベトナムの漆は、別の種類の木(Toxicodendron succedaneum)から採れ、主に北部のフート省で生産されています。漆器の歴史は古いものの、1930年代にハノイの美術学校で絵画表現として発展し、「ソンマイ」と呼ばれる独自の芸術になりました。何十層もの色漆を重ねてから研ぎ出し、下の色や質感を浮かび上がらせるのが特徴で、白を表すための卵の殻や、螺鈿の象嵌もよく用いられます。日本の蒔絵のくっきりとした金の表現に比べ、絵画的で柔らかな表情になります。

中国の漆
中国の漆は日本と同じ種類の木から採れ、成分もほぼ同じです。歴史的には、日本の漆文化のルーツも中国にあると考えられています。中国産の漆は生産量が多く価格も抑えられるため、現在、日本で使われる漆の大部分を占めています。日本の漆器でも、下地や中塗りに中国産を使い、目に見える上塗りにだけ国産漆を使うことが多くあります。表現の面では、厚く塗り重ねた漆を彫って文様を表す「堆朱」などの彫漆が知られ、平面に金粉をまく日本の蒔絵とは異なる美しさがあります。
蒔絵と螺鈿:漆を芸術に高める技
日本の漆芸の最高峰とされる2つの装飾技法があり、どちらも上質な漆文字盤に用いられています。

蒔絵と螺鈿
蒔絵は「まいて描く絵」という意味で、漆で描いた文様が乾く前に金粉や銀粉をまき、さらに漆を塗り重ねて磨き、文様を表す技法です。一方の螺鈿は、薄く削った貝殻を漆の面にはめ込み、見る角度によって虹色に輝かせる技法です。この2つを組み合わせた「蒔絵螺鈿」は手間がかかるため、かつては宮廷や寺院の注文品に限られていました。
大きな漆箱や屏風でも難しい技ですが、直径数センチの腕時計の文字盤では、細密画に近い世界になります。金粉のひと粒、貝のひとかけらまで、拡大鏡をのぞきながら手作業で置いていきます。やり直しはほとんどききません。宮廷の漆器のために磨かれてきた技を、手首の上に収めたもの。それが本物の漆蒔絵・蒔絵螺鈿の腕時計です。
蒔絵について詳しく見る漆が腕時計の文字盤に向いている理由

奥行き
ごく薄い漆を何層も重ねることで、本物の奥行きが生まれます。光は透明な層を通り抜けてから下地に届くため、印刷や塗装の文字盤では再現できない表情になります。

職人の技
漆職人として一人前になるには、少なくとも10年の修業が必要といわれます。文字盤1枚の製作には、内容によって3〜6か月、特に手の込んだものでは1年以上かかることもあります。

一点ものの個性
一層ずつ手で塗り、手で磨くため、まったく同じ漆文字盤は2つとありません。一つひとつに、自然なわずかな違いがあります。
丈夫さと職人の技。この組み合わせこそが、漆風の印刷をした文字盤と、本物の漆文字盤の腕時計を分けるものです。
ワンチャーの手仕上げ漆時計について
ワンチャーの目標はシンプルです。漆の美しさを守り、より多くの方に手に取っていただけるようにすること。私たちは会津、輪島、越前、大分(廣田漆)など各地の漆職人と直接やり取りし、仲介を入れずに文字盤づくりを行っています。そのため職人には仕事に見合った対価をお支払いしながら、お客様にはできる限り手の届きやすい価格でお届けできます。
漆を所有し、楽しむ人が増えるほど、伝統工芸とそれを支える職人が活躍できる機会も増えていくと考えています。
腕時計づくりでは、ムーブメントや仕様、機能で競うことが一般的です。ワンチャーが大切にしているのは物語です。私たちがつくるのは、ただの漆時計ではありません。漆の層から蒔絵、螺鈿の細工まで、すべてを手作業で仕上げた文字盤には、職人の技と歳月が込められています。
美術館のガラスケースの向こうにあるような工芸を、あなたの手首へ。腕時計をつけるだけでなく、日本の職人の技とその物語を身につけていただきたいと考えています。
漆文字盤の腕時計を見る漆についてのよくあるご質問
漆は何に使われていますか?
古くから、土器、家具、箸などの日用品から、武具、寺社建築、仏像まで、さまざまなものに漆が塗られてきました。現在では、硬さとつやを活かして、毎日手に触れる漆文字盤の腕時計のような精密な小物にも使われています。
日本・中国・ベトナムの漆はどう違いますか?
日本の漆はつやと硬さに優れますが、生産量が少なく高価です。中国の漆は同じ種類の木から採れ、コストと生産量の面から、現在日本で使われる漆の大部分を占めています。ベトナムのソンマイは別の種類の木を使い、漆器の仕上げというより、研ぎ出しや卵殻を用いた絵画として独自に発展してきました。
手仕上げの漆時計はなぜ製作に時間がかかるのですか?
文字盤は、一層ずつ塗っては乾かす工程を何十回も重ねて作られ、蒔絵の金粉や螺鈿の貝もその後に手作業で施し、磨き上げます。時間がかかるのは意図してのことです。何千年も日本の漆工芸を支えてきたのと同じ、根気のいる仕事なのです。